置かれた場所で咲きなさい。
高校時代に部活の顧問が口にしていた言葉であり、
自分の頭の片隅にいつもあり続けている。
ただ、以前の自分と、現在の自分では、この意味の解釈の仕方が大きく変わっている。
「置かれた場所」
置かれたという受け身の言葉は、他人によって導かれた場所であると考えるかもしれない。
実際、過去の自分も、監督・コーチ・先輩に言われたからここでやりきろう。
としか思っていなかった。
ただ、その置かれた場所は
自分の今までの行動、言動によって導かれている場所である。
と考えている。
日々の取り組みに甘えはないのか
サボるのかサボらないのか
自分に任せるのか他人に任せるのか
自分の意志でやるのか、言われたからやるのか
当たり前の基準は昨日までの自分と比べて高まっているのか
あげたらキリがないが、特に今Impactのみんなに伝えている。
君たち次第でこのチームは変わるよ。

そして、もちろん置いた場所を宣告したこちら側に全ての責任がある。
その人の人生を背負うほど責任を持たないといけない。
日体大への恩返しを込めて全てをやりきる。
だからみんなも共にやりきろう。
また、最後の「咲きなさい」について。
この言葉を否定するつもりはないが
咲くだけでは意味がなく、
「咲き続けた先には何が待っているんだろう」
この期待、ワクワク感を持ち続けることに意味があると考える。
先程述べた自分の行動、言動に対して、
常にそれをやり続けた先の事を捉え続ける。
自分に対しての可能性を信じ続けて、まずは自分にムーブメントを起こす。そしてそのムーブメントをチームメイト、更にはチーム外に伝染させていく。
その先の関わる全ての人々を幸せにするために。
この想いに本気で持って取り組めるかで、咲き続ける価値が確実に変わる。

試合に出ていようが出ていまいが関係ない。
日体大ラクロス部に所属している「全員」が、
咲き続けた先のことに希望を持ち、
自分の行動や言動で全ての物事に取り組み、
NITTAI ALL BLUE FAMILYが共に闘ったら、
必ず最高の景色が待っているよ
闘うんだよ!!!!!!!!!!!


