日頃より日本体育大学男子ラクロス部へのご支援、
ご声援ありがとうございます。
今年度も沢山の応援、
本当にありがとうございました。
背番号4番、
FOリーダーを務めさせていただきました。
志村魁燦です。
決起ブログが
Finalの週に出る予定だったのですが、
Final4で負けてしまい、
出ずに終わってしまいました。笑
ですが今回はきちんと書きます。
4年間を振り返るのも良かったのですが
今までのブログに書いてきたので
全てが詰まったラストイヤーを
ここに書き残しておこうと思います。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
「覚悟」。
誰しも自分が今までやった事の無いことに
挑戦するのはワクワクすると共に、
恐怖もあると思う。
そんな時
「この選択でチームを日本一にできたら、
これほどかっこいいことはないんじゃなか」
と思った。
25シーズン、その当時僕は
3年生でSSDMとしてプレイしていた。
その年は4年生にFOが1人、
同期が0人、後輩が3人という状況だった。
2週間後にFinal4が迫ってきている中で
駿太さんから
「FOの練習をしておいて欲しい。」
と伝えられた。
当時ボックスに入っていたFOは
理紀さん1人だけだった。
もし怪我などした時の緊急事態のためかと思い、
FOの練習を始めた。
しかしその練習は日に日に本格的になっていった。
「フィールドの練習は入らなくていいから、
FOに専念して欲しい」
とコーチに言われ、
最初はチームのためにと納得して
練習に打ち込んだ。
しかしついこの間まで一緒にプレーしていた仲間が
グラウンドを走り回っている中、
僕はグランドの隅で
笛に合わせてクロスを倒しているだけ。
もちろん始めて数日で勝てる訳もなく
ボコボコにされる毎日。
俺はこんな所で何をしているんだろう。
こんな事するために
今まで頑張って来たんじゃないのに。
と思ってしまった。
悔しくて1人練習を抜け出して
泣いてしまった日もあった。
同期の支えもあり、立ち直り迎えたFinal4は
結局何もチームに貢献できずに終わってしまった。
その試合の後、駿太さんから
「来年はFOが課題になる。
魁燦に頑張ってもらいたい。」
と言われた。これが長い葛藤の始まりだった。

新たに26シーズンが始まる時、
長らく迷った末にSSDMをやりたいという気持ちを
捨て切れず兼任でやるという選択をした。
その時のFO組織に4年生が俺1人だった為、
FOリーダーも務めることにした。
(その後、木村も転向してきてくれた。)
FOを始めるにあたって、
挑戦することへのワクワクと共に迷いもあった。
たった1年で他の選手に勝てるようになるのか?
自分が最上級生で誰から何を教わればいいのか?
やったことの無いポジションの
リーダーになって何ができるのか?
でも心のどこかで、
"今までやったこともないんだから
できなくたってしょうがない"
という甘い考えがあったと思う。
シーズン初めは駿太さんにとても怒られた。
「リーダーとしての自覚が足りない。舐めている。」
沢山厳しい言葉を貰った。
はい分かりましたと答えはするが内心は、
「分かるわけないやん。
そんなのやったことないんだから。」
と言い訳をして逃げていた。
自分で挑戦しておいてほんと無責任だった。
FOリーダとしての最初の仕事は、
コーチを見つけること。
駿太さんの紹介もあり、
ヒカルさんがコーチを引き受けてくれた。
その時はこんな頭のおかしい人だとは
思ってもみなかった。
しかし人選は大成功。
基礎のきの字もないFO組織に練習サイクルや
言語化の大切さ、貪欲さ、継続の重要性。
とても多くの事をヒカルさんから教わった。
そして今年1年の個人的な目標として、
「チームの中でFOの重要性を確立させる。」
を掲げた。
OF、DFを巻き込み
誰も期待できなかったポゼッションを
勝ち取りチームの勝利へと繋げられるような、
チームの安心材料になろうと思った。
その一方でSSDMも継続して続けていた。
しかし、不器用な僕には二刀流は難しかった。
一方に集中すればもう一方が疎かになる。
結局どちらも伸び悩んでいた。
そうしているうちに開幕戦が近づいていた。
ちょうどそのタイミングで
膝の靭帯を怪我してしまった。
その結果、FO専属になるかどうか
という選択をしなければいけなくなった。
ずっとやってきたSSDMに
誇りもプライドも持っていたからこそ
簡単に決めることは出来なかった。
ズミは、
「DFの事は俺らに任せて、
FOとしてチームを引っ張っていって欲しい」
駿太さんは、
「引退した時にチームに何を残したいのか。
今の自分とどう向き合うか。」
他にもたくさんの人が
僕と向き合って話してくれた。
それでもフィールドプレイへの未練は
拭えずにいた。
チームとしてはSSDMの枚数も足りている、
未来への投資として育てたい後輩もいる。
でもFOは危機的状況。
僕がFO専任になれば
全てが丸く収まるような状況だった。
でも僕は、
「なんで俺なんだよ。
あの時引き受けなければよかったのかもしれない。」
と考えてしまった時期でもあった。
是が非でもFO専属になるとは言えなかった。
心のどこかでは既に決心していたと思う。
でもそれすら認めたくなかったのだと思う。
ここまではちょっとネガティブですが、
ここからはポジティブです!笑
そこで教育実習があり3週間部から離れた。
この期間が冷静になる時間をくれたと思う。
チームが本気で日本一を目指している中で、
プライドを捨てきれずに
ずっとわがままを言っている。
こんな中途半端な選手がいるチームが
日本一を取れるわけが無いと思った。
そんな中、春の最強決定戦の決勝が行われた。
僕は応援にも行くことは出来なかったが
チームは優勝。
すごいなと思っていたが蓋を開けてみれば、
FOポゼッション率0%。
そんなことあるのかと
心の中では他責に笑っていた。
でも0%でも慶應に勝てたチームなら、
このポゼッション率が上がればもっとこのチームは
強くなれるんじゃないかと思った。
もう迷ってる暇なんてない。
やるからには本気でやってやろう。
やってきた期間なんて関係ない。
残りの半年全部FOに注ぎ込んで、
最後は魁燦がFOerで良かったと
周りに言わせてやる。
そう心に決めてFOer一筋にすることにした。
開幕戦の決起ミーティングで、
「FOから勝ち筋をつくります。」
FO専任になることを宣言した。
そしてリーグ戦が始まるが、さすが関東1部。
試合を重ねる毎にポゼッション率が下がっていく。
その焦りは日頃の練習にも出てしまった。
僕が生粋の負けず嫌いということもあり、
手元で勝てなければカウンターで取り返せばいい。
どんな形であれ常に勝ち続けなければいけない。
その考えがどんどんエスカレートしていき、
ファール気味なプレーをしてでも勝ちに拘った。
「こんなのFOじゃねーよ!」
と道具を投げ棄て練習を抜け出す叶芽。
「さすがにファールだよ、落ち着こ。」
毎回場をなだめようとしてくれる木村。
それにも逆ギレして吐いた暴言に傷ついて
泣き出す謙汰。
ほんとカオスな練習環境だったと思う。
本当に申し訳ない事をしたと思う。ごめん。
でもそれほど
勝ちに拘っていたのは分かってもらいたい。
でも他のポジションがビデオMTGしてる中、
5人でご飯食べたり、
バイブス会で大暴れしたり、
この仲間と切磋琢磨できた事が僕の財産です。
そんな中、チームはFinal4への出場が決まった。
相手は早稲田大学。
FOerの富田と森は、
逆リーグでも圧倒的な結果を残していた。
残り3週間、準備することは沢山あった。
まずは2人のスカウティング。
弱点を探し、
どうすればそこを上手くつくことがてきるか。
そして審判のスカウティング。
笛の間やファールの強度感を
事前に把握しておきたかった。
これにはうちのMG全員が総出で、
動画を集めノートにまとめてくれた。
本当に感謝しかない。
練習でもありとあらゆる場面を想定したメニューを
OF・DFを巻き込んで取り組んだ。
社会人や引退した選手にも
早稲田に勝つために練習に来てくれないかと
声をかけて、来てくれた人もいた。
最後の方はほぼオフなしなしの状態で毎日、
皆で練習した。
今までチームがこれほどFOに関心を置いて、
FOのために
何かに取り組んだ事があっただろうか。
「チームの中でFOの重要性を確立させる」
という目標が
少しずつ実現できているんじゃないかと思った。
ここまで周りがやってくれたなら、
あとは俺が勝つだけだと思った。
そして迎えたFinal4。
時間はあっという間に過ぎていった。
気づけば4Q。
2対5の3点ビハインドの場面。
正直もう厳しいか。
そう思っていた矢先にしげ、純太と4年生が
2連続で点を取ってきた。
なんてかっこよくて頼もしい同期なんだ。
4対5、試合終了までラスト20秒でのFO。
ここで取れなきゃ試合が終わる。
全身に力が入り力んでいた。
その時耳に入ってきたのは、
「かいざん!フェイスもうもう1本!」の大声援。
あんな応援は人生で初めてだった。
正直鳥肌が止まらなかった。
ここで取れなきゃ男じゃないな。
「今やるんだ。これが最後のチャンス、
やってきた全てをぶつけるんだ。」
心は熱く、でも頭は冷静だった。
選択したプレーは、
この試合1度も使っていなかったレイク。
ボールは右前に転がり自分でスクープ。
「かいざん!」と呼ぶ声に反応してしげに繋いだ。
(動画を見るまではどんなプレーだったか
ほぼ記憶がななった笑)
そこでチームタイムアウト。
チームの皆が全力で出迎えに来てくれた。
「よく取った!」「お前まじか!」
こんなふうに仲間に囲まれて、とても嬉しかった。
この瞬間全てが報われた気がした。
FOを選んで本当に良かったと思ったし、
この瞬間のために頑張っていたんだなと思った。

しかし結果として試合に勝つことはできなかった。
試合に負けた事ももちろん悔しかったが、
もう明日からこの仲間でラクロスができない
と思うと涙が溢れ出てきた。
試合には負けてしまったが、
誰かの心に残るような試合は
できたのではないだろうか。
過去最多の集客数。
あの何千人もの大声援。
ラクロス界の歴史に残る試合が
できたんじゃないだろうか。
駿太さんは昔こんな事を話していたと思う。
「ラクロスの歴史という
教科書が作られるとしたら、その表紙を
飾るようなチームを作りたい。」
間違ってたらすみません。笑
負けてしまった以上、表紙は無理でも
見開きの1ページ目くらいは飾れるような、
人の心に残る試合ができたと僕は思っている。
僕の学生ラクロス人生はいろいろな冒険をした。
ATから始まり、OMF、SSDM へ。
そして最後にFO。
ロングとゴーリークロスだけ
制覇できなかったのは悔やまれるかな。笑
自分のやりたいことと実際にできること、
周りから求められることが違うこともある。
そんな時に、自分がやりたいことを
押し切りやり通すことも大切だと思う。
でも新たなことに挑戦し、
その恐怖に打ち勝ち、
自分の可能性を広げ輝こうと努力をし、
周りからの期待以上の結果を残せた時に、
その選択は正解になり、
自分の誇りになり、
誰かの希望になれると思う。
高校で誘われた大学ラクロスというスポーツ。
当時はやるわけないだろと思っていた。
しかし、競技は違えどもう一度日本一を目指すのも
悪くないなと思い挑戦した。
初めはやりたくもなかったFOも沢山の人に出会い、
支えられここまでやってくることができました。
全ての選択に後悔なく終わることができた。

あの試合で見た景色、聞こえた声援を
僕は一生忘れることはないだろう。
どんな選択も正解にできるかは自分次第。
日体のFOでいれたことが僕の誇りであり、
最高の選択でした。
この4年間、日体大ラクロス部で活動した日々は
辛いこともあったけど本当に幸せでした。
この全ての出会いが僕の宝物です。
最後に感謝の言葉を少しだけ。
両親へ
4年間、
何不自由なくラクロスをさせてくれてありがとう。
母の口癖は
「まだ23日体は越えられないな〜」だった。
それが早稲田戦後に
「今まで見た中で1番素晴らしい試合だった」
と言ってくれた。
これがなにより嬉しかった。
たくさん迷惑もかけてしまったけど、
本当に感謝しています。ありがとう。
ヒカルさん
「人生はバイブス」
とても多くのことをヒカルさんから学びました。
ヒカルさんがいなかったら
今年のFOは成り立たなかったと思います。
バイブス会もまだやりましょう。
FOをやった事もない選手の話を聞き、
コーチ依頼をする時も名前を間違え、
どうしようも無い選手しかいない中で
コーチを引き受けてくださり
本当にありがとうございました。
かんた
とにかくうるさい。でも可愛い後輩だった。
負けても不貞腐れるな。不調で終わらせるな。
常に考え続けろ。もっとすごい選手になれる。
頑張れ、来年は期待してる。
謙汰
まだ心も体も未熟だけど、
謙汰もFOとしてチームに戻って来た。
その誇りとプライドを忘れずに
練習に打ち込めば伸び代しかない。
来年こそは花開かせて欲しい。
叶芽
叶芽が成長する度に負けてたまるかと頑張れた。
沢山泣かせちゃったけど、
ほんと相棒として接してた。
クソガキすぎるけど
4番を継ぎたいと言ってくれたことも嬉しかった。
他責にするな。全部受け止めて跳ね返せ。
来年のFOユニットを頼むぞ。頑張れ。
Wing陣
沢山助けられました。
俺だけではここまでたたかえなかった。
常にもっとこうした方がいいかな?今のどう?と
日に日に理解度とFOへの関心が
高まっていくことが嬉しかった。
一緒に戦ってくれてありがとう。
MG達
怖い思いも沢山させたけど
毎日練習に付き合ってくれてありがとう。
ただの笛吹き係じゃないよ、
試合のために一緒に戦っていると俺は思っている。
細かな要望にも応えてくれて
本当にありがとうございました。
同期へ
全員分書けと言われたけどちょっと流石にね。笑
ほんと頼もしい同期だった。
この4年間家族と過ごす時間よりも長い時間を
共に過ごしたんじゃないかと思うくらい
この同期が大好きです。
毎日くだらない話で盛り上がったり、
旅行に行ったりする一方で
時には本気でぶつかり合ったり。
この同期だったからこそ4年間頑張れたと思う。
本当にありがとう。
他にも元気な保護者、
かっこいい先輩、
可愛い後輩、
素晴らしい指導者、
他大学の選手。
とても多くの出会いがありました。
この全ての出会いに感謝します。
4年間、
沢山の応援本当にありがとうございました。


