日頃より日本体育大学男子ラクロス部をご支援、ご声援いただきありがとうございます。
'24NITTAIの最前で走り続けてくれた4年生の最後のブログになります。
"誇り"を胸に、沢山の姿を見せてくれました。
ぜひ読んでいただけたらと思います!
本日はSTAFF#MG 細野理央です!
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4年MG細野理央です。
この場をお借りして、日頃より日本体育大学ラクロス部を支えてくださる皆様に心から感謝申し上げます。
日々のご支援と熱い応援のおかげで、私たちは大きな成長を遂げることができました。
ラクロス部はこれからも続いていきますので、引き続き温かいご声援をよろしくお願いいたします。
振り返れば短かったという人もいますが、濃く4年間とは思えない時間でした。
色んな人に出会い、色んな人の考えに触れて人として成長することが出来たと胸を張っていうことができるでしょう。
4年間という部活動の中で、辞めたいと思ったことが何度もあります。
辞めずに頑張れていた理由、
それは「自分との約束」を決して破りたくなかったからです。
入部するにあたり、
「何があっても絶対に辞めない」と自分に誓いました。
この約束の背景には、少し昔話を綴らせて頂きます。
私は10年間続けてきたスポーツを、高校卒業とともに引退することを決めました。
そして新しい世界に進むための一歩を踏み出すつもりでした。
しかし、その決断の裏には、高校で大きな脳震盪を2回経験、自分への限界を感じたことがありました。
留学が終わり自分の力を見せられると思った試合で相手の膝が目に入り、眼窩底骨折と脳震盪。復帰戦で再度脳震盪。そして次脳震盪を起こしたら危険だと医師に言われ、引退試合も出られないまま選手生活に終止符を打ちました。
高校1年生の時には関東代表候補に選ばれることもありましたが、自分は候補レベルだと思い引退が自分の中でよぎりました。2年生は留学、3年生は怪我でセレクションにも参加できず、仲間たちが合宿で活躍している中で、私は早めの下山することに。
最初は解放感を感じていましたが、やはり悔しさもありましたし、自分の実力に自信が持てなかったため、潮時だと考えることが増えていきました。
でも幸いにも、家族や祖父母、友人、コーチ、チームメイトが常に応援してくれる環境がありました。しかし、親からはやんわり「大学でも続けてほしい」と言われることもありましたが、怪我も重なり限界を感じていた私は、辞めることを決意しました。
だからこそこんなにも多くの人に恵まれていたのに、自分の決断として辞めることを選んだ以上、大学では自分から辞める選択肢はありませんでした。
お世話になった人達に久しぶりに会って、「実は辞めました」と言うことなど、どうしてもできなかったのです。
ではなぜ男子ラクロス部を選んだかというと、
元々人をサポートすることが好きで、自分が行ったことにより人が喜ぶ、幸せになってくれることが私の幸せでした。
だから人のサポートができるMGを幼い頃から行ってみたいと思っていました。大学から新たに始めるのはハードルが高いことだけど、カレッジスポーツなら知識や経験がない中でも同じスタートラインから始められると考え、自分が行っていたスポーツとは全く違うラクロスを選びました。そして日本一を目指せるチームに身を置いて居たいと思っていたことから入部することを決意しました。
入部してみて、
大変なことや頭を悩ます日々が8割。楽しく過ごす日々が2割。
これが現実です。
1年生では自分の出来なさに悩まされる日々。何か部活での存在価値が欲しくて審判資格を取り、2,3年生では先輩に甘えて色々なことにチャレンジさせてもらいました。審判や会計業務、ボックス外業務、広報活動等。沢山のことをチャレンジさせて頂けた環境に感謝しかありません。本当にありがとうございます。
そして4年生になり、ラスト1年は辛かったですね。
この1年は自分を見失うことも多かったです。
誰かに助けを求めたくなる瞬間も多くありましたが、どうにか耐えぬかないとと感じました。
沢山の人の意見を聞くたび、共感することもあるし、困惑することも多くありました。
人がいる分だけ考えが存在します。
だからこそ衝突が起きるし、その都度話し合いが必要になります。そのため誰かの発言が正しく、誰かの発言が誤りということはないはずです。
それを踏まえた上で全員が話し合いをすることができれば、より良い環境、チームが出来ていたのかもしれません。
だからこそ、考えを理解してくれて一緒にやってくれる人がいるのが当たり前に身の回りにいることは恵まれていたのだと思います。
1人1人が試行錯誤し、挑戦する中で失敗も支え合うことが大事だと思います。
挑戦する割合も頑張りも人によって尺度が違うのでそれも受け入れてあげて、
私たちが掲げていた「関わる人全ての幸せ」を実現するためにもお互いの努力を尊重しあえる環境は必要だなと思いました。
これはリーダーやコーチだけが作るものではなく、立場関係なく指摘しあえる関係性になれたらより素敵なチームになると思っています。
4年間を振り返り1番思い出に残っていることは、
私たちが引退することになった2024年9月29日vs慶應戦です。
チームが少しずつ1つに向かい、勝ち筋が見えてきたというとこで、これからという所でした。
昨年は学生日本一という場所を先輩達が作ってくれました。
しかし今年は予選敗退という活動期間としては約8ヶ月と短いシーズンで終了。
先輩方や後輩達には本当に申し訳なく思っています。来年は私たちが目指していたものも達成できると信じています。
ですがこの試合では沢山の人が応援に駆けつけてくれました。
本当に嬉しかった。
私はスタッフということもあり、試合に出場するわけではないので友達を積極的に呼ぶということは出来ずにいました。
それでも最後の試合には何年も会ってないような人も来てくれたり、私が知らぬ間に応援に来てくれて長文のラインを送ってくれたりと本当に自分は人に恵まれて、人に助けられて生きているなと感じました。
「こんな熱いものが見られて嬉しい」「もっと早く見にくれば良かった」など嬉しい言葉を沢山もらいました。
そんな人達を悲しませず、一緒に幸せでいれるような環境を作りたい、実現していきたいと思っています。
この部活に入部して良かったと思えることは、自己成長という部分もありますが、1番は私の人生において大切な人達に出会えたことです。
全員には難しいので人数を絞って感謝を綴らせていただけたらと思います。
琴音へ
4年間ありがとう!!
2人で愚痴言いながらお酒飲むのがストレス発散だった笑
本当にお互い頑張った!!
引退したけど、これからもよろしくね!!!
遥香さんへ
本当に沢山支えて頂きました。
私が大変だった時は社会人になっても週2で会って頂いたりと1番の味方でいてくれてありがとうございます。本当に遥香さんの代で引退しようと思っていたぐらいでした、、
常に1番の理解者で大好きな先輩です!
これからも沢山思い出作って行きましょう!!!
同期へ
平和なのが私たちの学年で、最上級生になったらその優しさで大変なこともあったけど、そんなところが私は大好きでした!
ちゃんと鶴岡も忘れてないよ!こうへいもね!
4年間本当にありがとう!
ななこんちへ
大好きなファミリーです!
常に愛を感じ、お世話になりました。定期的に集まらせてください!!
コーチの方々へ
ご迷惑をお掛けしたこともあったと思いますが、大変お世話になりました!
4年間ありがとうございました!!
亀山部長へ
会計から組織運営などについても大変お世話になりました!
お母さん的存在でいつも頼りにさせて頂きました。
今後とも日本体育大学ラクロス部をよろしくお願いします。
先輩スタッフへ
ご迷惑をおかけして沢山お世話になりました!
相談を乗ってくれたり、考え方や人として素晴らしい人達に出会いました。
ありがとうございます!!
後輩スタッフへ
みんなの強みは自己主張が出来て行動できることだと思っています。
自分が成し遂げたいこと、チームとしてどの向きに向くべきなのか考えて頑張ってください!応援しています!!
両親へ
14年間というスポーツライフに一旦ピリオドを打ちます。
こんな長い間支えてくれてありがとう。
お母さんはほぼ毎朝起きてくれて、お父さんも私の姿が見えなくなるまで見送ってくれていました。
これからも迷惑をかけてしまうと思うますが、よろしくお願いします!!
そして
引退した今、私達は次のステップへ進まなくてはいけません。
正解が分からない中でも正解を見つけながら、そして沢山の失敗をしながら進まなければなりません。周りを助けながら、そして助けてもらいながら進んでいくことが本当に大切だと思います。
新チームが少しずつ動いている話を後輩から聞きます。
私が何をこのチームに残せたかは分かりません。
失敗ばかりだったかもしれません。
こんな先輩いたなと踏み台にして、次の代を構築して欲しいなと思います。
学生生活最後の青春でした。
本当に4年間ありがとうございました!!!!
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
4年生の方々のこれからの未来が、より色鮮やかなものとなりますよう部員一同応援しています。
たまに顔みせにきてくれると嬉しいです!
このチームに関わってくださっている全ての方々へ
新しいシーズンがもうすぐ始まろうとしています。
今後とも応援のほどよろしくお願いいたします!