ラクロスで結果を出さないといけない意味とは、
逃げない意味とは、
そのために覚悟を決めるとは、
4年間多大なる声援とご支援
本当にありがとうございました。
4年八木優輝です。
引退から3日が経ち、
引退ブログの順番と日程が出た。
2.3.4年生は過去の先輩のブログを見て
一度は、自分が4年生になった時に
「こんなことを書こうかな」と考えたことがあるだろう。
自分がいつも考えるのは
「日本一を獲った人が書くブログ」だった。
引退していざ考えてみると、ほぼ反省文。
しかし、これを書き誰かの心に残ってくれることで、
その人の4年間が救われると信じて書きます。
拙く長いブログになりますが
最後まで今の自分と照らし合わせながら
読んでいってほしいです。
もしよければここまで読んでくれた日体以外の選手、
特に今うまくいってないなと感じてる人にも
読んでほしいです。
高校3年間、ずっと続けてきたサッカーで
結果を出せず悔しい思いをした。
朝早くからお弁当を作ってくれる、
汚い練習着を毎晩遅くまで洗ってくれる、
そんな家族に一切恩返しできず終わった。
そんな3年間を過ごした後に見つけたのが
ラクロスだった。
「日体に入ったからには、日体で部活しようかな」
「たまたま仲良くなったまさととまさきが
ラクロス部入るっていうから入ろっかな」
「日本代表とか日本一とか夢ありそうだし入ろうかな」
そんな気持ちで入部した。
入部して初めに決意したことは、
必ず日本一になる。
高校3年間の二の舞にはしない。
支えてくれる人に必ず結果で恩返しする。
初めてスポーツをする理由が
「誰かのため」になった瞬間だった。
1年生の時はラクロスは楽しい、
なんか上級生めっちゃ強いし、応援してて楽しい、
そんな気持ちで過ごしていました。
ある時ふと思い返すと
そこには当初決めたラクロスで必ず恩返しする。
という覚悟は無かった。
チームは日本一になり、
そのチームの応援団長をしていて上級生に
ありがとうと言われることが多く
すごく承認欲求が満たされていた記憶がある。
しかし、そこに
自分がラクロスで結果を出すこと、
決めた決意、覚悟、それらは少しもなかった。
そう、自分の弱さは
覚悟が弱いこと、口だけになること。

2年生になってカテゴリー分けがあった。
ラクロスをする覚悟を持たず、
決意を遂げることもない1年を過ごしていたことから、
当然Impact(Bチーム)スタート。
しかし、最強決定戦では
全ての試合でボックスに入り、
3位決定戦にもしっかりと試合に出た。
そんな自分は高校3年間で活躍してる姿を
周りの人に見せることができなかったこともあり、
最強決定戦3位決定戦では、すごい人数の会場、
演出などもあり心はウハウハ。
しかし、チームの結果は悔しいものだったため
試合終わりは悔しかった、
絶対に上手くなりリーグ戦こそは必ず勝つ。
そう思っていた。
インパクト始動時、
コーチに声をかけてもらったことがきっかけで
始めたインパクトリーダー。
チームの目標を立て、メニューを決め、
振り返りをしてリーダーをしてる気になっていた。
蓋を開けて見れば、リーダーでもなんでもない、
主語は全て他人になっている、
〇〇さんがこう言ったから、〇〇がこうしたから。
リーダーはチームの出来事を
全て自分ごとに捉えることから、
必然的に主語は自分になるはずなのに
全てを他人のせいにしていた。
そのくせチームの調子が上がらない、
自分のパフォーマンスも上がらない、
勝てる未来が見えない、
俺はこんなやってるのに周りがついてきてくれない、
いろんなコーチからいろんなこと言われて
どうしたら良いのかわからないなどと言い、
練習中に泣き出し、メニューにすら入らず
その日は全てから逃げた。
今振り返ると主語が他人になり続けるリーダー、
自己認知がずれまくってるリーダー、
そんなリーダーに誰もついてきてくれるわけもない。
当然チームは全敗し予選敗退。
そこにいた自分は小さく縮こまりたくなる、
誰々に恩返しがしたい、多くの人に影響を与えたい
なんて言っていたのは、
別の人なのではないかと思うほど
胸を張れる自分とは程遠かった。
うまくいっている時に
矢印を自分に向けているとは限らないが、
うまくいってない時は絶対にどこかで
矢印を自分以外の何かに向けています。
これは自分が認識してないところで
特にあると思います。

3年生になりトップチームスタート。
しかし、自分がトップに上がった理由は
プレーではなく、チームの雰囲気作り要因。
ポジティブな声をチームに届けてくれる、
色々真面目にやってる、
そんなところが理由だろう。
確かに自分としても対人が
少し勝てるようになってきたのもそのあたり、
なんとなくそれっぽく組織も入った。
(きいちさんにキレられ過ぎて呆れられてたけど)
しかし実際のところただの期待枠。
腰を怪我して4ヶ月くらいラクロスができなかった。
復帰してもうまくいかない、
開幕戦もメンバーから外れ、
状況としては2年生と同じ。
なんで自分が入らないのか不満に思うこともあった。
しかし、素直じゃない自分は
他人の評価を受け入れず、
アドバイスも飲み込まず、
自分だけを信じてやってきた。
そんな人が成長するはずもなく、
チームに必要な人になれるわけもない。
自分の目標は試合に出て活躍すること、
チームを自分が勝たせたと胸を張れる人になること。
ならばチームに必要とされるべきだし、
コーチ含めた仲間から信頼される人になるべき、
そのためには他人のアドバイスや意見、
評価を素直に受け止める必要がある。
しかしそれをしなかった自分は当然成長もしない。
ここにきてもまた活躍して恩返しをしたい
そんな気持ちはただの口先だけでしかなかった。
活躍したいのに自分のプライドとかを捨てず、
目標に対して必要な行動をしなかった。

4年生になり沢山ミーティングをした。
どんなチームになりたいのか、
どんな学年でありたいのか、
どんな自分にならなければならないのか、
ありえないくらい沢山ミーティングをした。
しかし現実は再びImpactチーム。
自分はインパクトで外部練習。
TOPは日体で試合をする。
そんな時の自分はチームが勝ってほしいなんて
思ってもいなかった。
本当に悔しかった。
しかしチームは勝つ。
目の前にいる後輩たちは、
「よしっ!やったー!」と嬉しい声をあげる。
そんな時いつもしていたことは、
しれっとその場から姿を消して、
物理的に自分の感情を
周りに悟られないようにすることだった。
本当に悔しかった。
自分が出れていない悔しさ、
仲間が勝ってしまう悔しさ、
都合が悪い時に周りから姿を消す自分が
何よりも情けなく何よりも悔しかった。
開幕戦、リーグ戦では1敗することが命取り。
生存を賭けて命を賭けて
チームを応援しないといけない。
絶対に引退したくない、日本一になりたい。
しかし
それを超えてくる悔しさや素直になれない気持ち。
これから始まるリーグ戦のためにやってきた3年間。
自分はスタンドにいた。
仲間なのに応援したくても、
それを余裕で超えてくる悔しさ。情けなさ。
そして素直になれない自分、
応援できない自分がさらに悔しくなる。
ある日の練習でしゅんたさんから呼ばれて話した時、
インパクトのみんなは知らないかもしれないけど
自販機前で大泣きした。
目標のために今必要なことは何なのか、
何をすべきなのか、でも何でできないのか、
できるようにするためにはどうしないといけないのか。
一緒に整理してもらった。
答えはシンプルだが覚悟しかなかった。
さらに言えば、自分が応援を始めとした
チームへの貢献を腐らずやることは、
一つ自分が応援される理由になる。
自分が試合に出たときに、
最も会場がぶち上がる瞬間を作る。
60分のプレーと同じ価値を1プレーで出す。
プレーの輝きはもちろん、スタンドがぶち上がり、
チームに勢いをつけることが一つの目標になった。
初めは本当に難しかった。
一橋戦の応援。
誰よりも声を出さないといけない。
でも本当に悔しい。
母親は、
自分が応援してる姿を見に来てるわけではなく、
試合に出てる姿が見たいのに、
息子はめっちゃ応援してる。
どんな気持ちだっただろうか。
でも、いつか必ず試合に出てる姿を
見せるためにやらなきゃいけない。
やることがチームと自分の目標を手繰り寄せる。
やるしかなかった。
本当に悔しかったし情けなかったが、
4年間で初めてプライドに覚悟が上回った瞬間だった。
それと同じくらい練習の取り組みも変わった。
そこからは自然と全てが変わった。
練習への向き合い方。
コーチとの関わり。
後輩との関わり。
自然と良い方向に傾いたと思う。
それはプライドを押し殺して応援したからではない。
一つ覚悟を決めることとはどんなことなのかを
肌で感じれたからだと思う。
誰かのために、自分がラクロスで
結果を出さないといけないという意味。
22年間で培った無駄なプライドとも
心の中で戦い乗り越え続ける。
わからないことはわからないと言う。
後輩にどうすればよかったかな?と
アドバイスを求めることもある。
たまたま日体に来た社会人に素直に聞いてみる。
その上でそれを一度飲み込んでみる。
そういったことの積み重ねと
周りの人の支えがあったから
3戦目の法政戦からは試合に出ることもできたし、
色々なありがたいこともあり、
学習院戦ではスタメンで出ることができた。
(ここに関しては出させてもらえたが適切です。)
自分の目標はここではない。
しかし、
叶えることができずに幕を下ろしてしまった。
叶えるためにはあと3ヶ月が絶対に必要だった。
本当に悔しいし今でもふとした時に
もう叶えられない夢になってしまったことへの
無念や虚無感を強く感じる。
確実に良い方向にはいっていた。
しゅんたさんとあの話がなければ
きっと一歩も近づけていなかった。
ただあの話があったから
一歩ずつゆっくりだったが近づき始めていた。
一つだけ胸を張れることは、
どんな時でも自分がラクロスをする意味や
結果を出さないといけない理由を、
とにかく強く待ち続けることができたから
最後覚悟を決める一歩を踏み出せた。
ということ。
ただ、もっと覚悟を早く持てていれば、
もっと早く自分の覚悟の弱さに気づいていれば。
本当に悔しい。
引退ブログでこの締め方は
不自然な感じもしますが、本当に悔しいです。
後輩たちにはこんな思いはしてほしくない。
ただ、自分と同じで覚悟を持ってるつもりで
少しも持てていない人は沢山います。
そんな人たちがこのブログを読んで、
少しでも覚悟を持ち始める1歩を歩み始め、
いつか大舞台で活躍し、
目標を叶えてくれることこそが、僕の4年間に
少し価値を付け足してくれると思います。
特に26インパクトのみんな、
心の底から応援してます!!!

ここまで長くお付き合いいただき
ありがとうございます!
ここからは皆さんへの感謝の言葉です。
インパクトのみんなへ
本当に26シーズンありがとうございました。
いろんな葛藤があって、悔しい思いもして、
まだまだ足りないところだらけだけど、
みんななら絶対に上手くなって俺の分も
悔しい思い背負って活躍してくれると思います!
期待してます!
特にりょうすけ、本間は強く生きろ!
あとかんたは早くボウリングの予定立ててください。
げんたとズミへ
2人は同期の中でも特に本音で話せる仲間でした。
ずっと一緒に自主練してたげんたが
トップで活躍し始めてから
置いてかれてたまるかって頑張れたし、
ズミは悔しいけどたくさん学ばせてもらいました。
これからもよろしく。
ジンさん、けいたさん始め、
たくさん一緒に自主練してくれた
社会人、他大学の方々へ
本当に多くの方々に自主練を一緒にしてもらい、
たくさん学ばせてもらいました。
ジンさんは自分のプレースタイルの参考になった人で
たくさんのことを教えてもらいました。
東大はたくさん練習させてくれて
本当に感謝しかないです。
まだまだラクロス界に居座る予定なので
これからもたくさん一緒にラクロスしてください!
出禁海賊団へ
飲み行くって言っても脱退して、
次の日早いからみんなの予定崩して帰ったり、
たくさん脱退行動してもなお少し応援してくれて、
でもずっっっと友達でいてくれて、
手紙書いてくる臭いやつもいるけど
みんなが友達だったからラクロス本気でやれました。
キャップは最後来てくれてありがとう。
既にだけど、これからたくさん飲み行こう!
未来さんへ
2年の時から仲間になってくれて
ありがとうございます(ありがとう笑笑)
ファイナル4は18時FOなのに寝坊とか
意味わからないけど、一番試合来てくれたし、
いつも気にかけてくれてたの嬉しかったです。
また一緒に次は楽しくラクロスやろう!
コーチの方々へ
ラクロスの楽しさを教えてくれた
翔太さん始め23Fコーチの方々、
どんなに生意気なこと言っても見捨てず
たくさん向き合ってくれたしゅんたさん、
本当に感謝しかないです。
思い返せば自分のラクロス人生の大事な分岐点には
常にしゅんたさんがいたし、
本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。
日体のコーチはポジションやカテゴリーが違くても
たくさん面倒を見てくれて、
チームに本気になってくれて、
コーチと選手ではなく一つの仲間だと
本気で感じれました。
これまでのスポーツ人生で
こんな思いをできたのは初めてです。
本当にありがとうございました。
まだラクロス続けるので、
これからもたくさんよろしくお願いします!
家族へ
試合に出ていなくても必ず応援に来てくれたり、
何不自由なく
19年間のスポーツ人生を送らせてくれたり、
初任給でスパイク買ってくれたり、
グローブ買ってくれたり、八木家じゃなかったら
こんなに愛を感じながらスポーツすることは
できなかったと思います。
今の自分があるのは間違いなく
スポーツをここまでできたからだし、
そのスポーツを何不自由なく、
なんなら溢れるほどの愛とサポートで支えてくれて、
本当に幸せな人生です。
本当に心の底からありがとう。
最後、結果で恩返しできなかったことだけ
墓場まで悔やみます。
これからもスポーツやりたいので見守っててください!

