日頃より日本体育大学男子ラクロス部の活動にご支援、ご声援をいただきありがとうございます。
「HERO」を掲げ
日本一をひたすらに目指し続けた'23シーズン。
ここからはチームの主力として闘い続けてくれたかっこいいHERO達の最後のブログになります。
ぜひご覧ください
こんにちは。
df#11礒田晃一郎です。
ついに僕の番がやってきました。
小澤くんのブログでなぜかプレッシャーをかけられてしまったので、ビクビクしています。
ですので、期待せず、気楽な気持ちで読んでくれると嬉しいです。
始めに、僕は定型分のようなものが好ましくなく、それが大切でマナーであることはわかっているのですが、それだとなんとなく自分の気持ちが伝わらないような気がします。
なので個人の引退ブログなので今回は定型文を割愛し、自分の言葉で感謝を伝えさせて頂きます。
お許しください。
僕の4年間に関わってくれた全ての皆様本当にありがとうございました。
皆様の力がなければ日本一という結果どころか、この4年間僕はラクロスを続けることすら出来ませんでした。
また、毎度の試合たくさんのご声援を頂きありがとうございます。
僕はdfなので、失点後、日体スタンドの圧倒的な応援の多さ、歓声に何度も支えられました。
「応援してくれている人に恩返しをしたい、感謝を伝える為に勝とう」と本気で思えていました。
建前ではなくて、選手の私たちが取った日本一ではなく、日本体育大学ラクロス部に関わってくださった全ての方々と獲得した日本一だと強く思います。
今後も強い日本体育大学ラクロス部を作って行く為に、満員のスタンド、熱いご声援をよろしくお願い致します。
ここからは僕のラクロスについて。
いきなりですが、僕のラクロス人生はここで終わりです。
japan lacrosse公式youtubeのUDO'S EYEで「学生4年間でラクロスを引退したら初心者で終わってしまう」という言葉にめちゃくちゃ影響されて、「社会人でもやろうかな」なんて思っていました。
しかし、全日で負けて試合終了の笛が鳴った瞬間、悔しさで涙が溢れましたが、それはすぐに笑顔に変わっていって、みんなとありがとうって抱き合っていました。
負けたのに達成感がハンパなくて、ケイシがもう一緒にできないって号泣してくれて、もうこれ以上の想いは出来ないと考えました。
こんなことがあり、試合に負けたのに悔しさよりも達成感を感じている人なんて、社会人入っても続かないし、通用しないと思ってしまいました。
なので、その場でラクロスを辞めることを決意しました。
みんなで写真撮っている時ste入るノリしてしまってごめんなさい。あの時にはもう決めていました。
よく高校生の時に甲子園で勝った方が泣いて、負けた方が笑うというものを見ました。
それを見て「そんなわけないだろ」と思っていましたが、東大戦は勝って泣いたし、最後のGRI戦は負けて笑った。
この考え方を変えてくれたラクロスには感謝です。こんな素敵な思いをした良い思い出の状態でラクロスを締め括らせてください。
ただ、クラブチームの新メンバーの投稿だったり、みんながどこのチームの練習会行くかとかいつ行くとか誰があそこ入るらしいよとかの会話は羨ましいと思ってしまいます。
みんなの社会人ラクロスでの活躍を楽しみにしています!!!
日体同士で戦っているところとか見たいなぁ。
ここから本題に入ります。
確実に長いです。ごめんなさい。
どんな文章書こうか悩み、入部から入れ替え戦までも振り返ろうと思いましたが、引退ブログリレーも背番号2桁台に突入し、中盤戦ということで、みんなとは一味違う文章にしようと思いました。
それと、1年生の頃の僕の後1日だけ頑張ろう精神はもう聞き飽きたと思うのでやめました。
なので、ここからは最後の1年間を深く振り返ります。
では、、、、
僕は4年生として上級生らしい立ち振る舞いを出来たのだろうか。
日本体育大学ラクロス部というチームになにか残すことは出来たのだろうか。
僕の今年1年間は4年生としての役割や立ち振る舞いに葛藤し続けたものだった。
まずdfリーダーを決めた時の話からみんなに知ってもらいたい。
22nittaiリーグ戦。全敗に終わり、入れ替え戦で成蹊大学に勝利し、1部リーグという舞台を先輩たちに繋いでもらった。
僕はこの試合が終わった瞬間から「自分の今の実力では来年1部リーグでは通用しない」と思った。
その理由は明確だ。
対人が弱すぎる。
試合が終わった後にもらう他大からのスカウティング。
いつも書かれていたことは「かけどころ」
僕はこれが死ぬほど悔しかった。
みんなで帰って電車で1人になると1人で見返して、よく涙を流していた。
自分を奮い立たせる為、悔しさを忘れない為に携帯の待ち受けにしたりもしていた。
組織は何回も動画見返したり、他大の守り方、ゾーンdfのシミュレーションをしてどんどん覚えることができた。
組織dfは守ってる時もずっと上から見ているようで、なんかわからないけど味方も敵も誰がどこにいるかわかる。
そんな感覚があった。
でも対人はどうしても上手くいかなかった。
ヒロトに聞いたり、ケイシに聞いたり、たまに来る社会人の人に聞いたり、、
色々な1on1スタイルを試したが、このままでは来年も同じことの繰り返しになる。
そう思っていた。
そのことから、来年はとにかく自分の実力が上がることだけを考えよう。練習をたくさんしようと考えた。
23nittaiが始まる前、学年ミーティングでポジションリーダーを決める時dfだけ立候補者が出なかった。
自分はとにかく練習する。
そう思っていたから自分は適任ではないと考え、ポテンシャルがあり意見もあるヒロトがやった方がいいと思って推薦した。
ヒロトならこの時点で2年間一緒にやってきてたから認識の相違も生まれない。悩んでたけど、引き受けてくれた。
このことからポジションリーダーや幹部、その他役職など何の役職も持たずに始まった23nittai。
何の責任もなく、言ってしまえば、後輩たちと同じようにただラクロスをプレーしているだけの立場を作ることが出来た。
これが欲しかった。
僕はとにかく自分の為に行動した。例えば毎日のラダーとかウエイトとか。ミーティングしてる時間あったら練習。そう考えていた。
別に後輩に教えることもあまりしていなかった。
正直最初はそれで良いと思ってた。上記に記した通りとにかく自分が上手くならなければいけなかったし、勝てないとわかっていたから。
4年の1年間、チームの中で自分が1番上手くなった自信がある。(元々下手すぎたから)
ボールダウンもGBもスタッツ見れば着々と増えていたのわかったし、得意な組織も磨きがかかっていった。リアルに戦術もみんなに話してないだけでわんさか思いついてた。
(相手が慶応だったら、、立教だったら、、会場が大井だったら、、臨海だったら、、etc)
でも、それだけではダメだと思うことがあった。
それは主将のトモヒロと練習試合前に何気なく話していた時のこと。
何となく試合前に「今日の目標何?」と聞いたところトモヒロは「ゲームコントロール」と言っていた。
ガチで驚愕した。大体目標って言うものはまず始めに個人目標が出てくるもの。
その背景は「乗った時の日体強い。でも乗ってない時は勝てないし、その状態を試合通してやらなければならない。」そう言っていた。
「あれ、俺なんか子どもじゃね、、?」
自分で今の立場を確立し、着々と実力も付いていたのになんか落ち込んだ。
その後トモヒロは怪我をし、試合、練習に出れないながらも鼓舞していた。
「中原を主将に推薦したけどこいつ主将大正解やん。」そう思った。(ごめんじゅんき)
そんなこんなでチームのことやを考え出した、5月、6月あたり。
どうやったらこのチームに貢献できるか。
引退する時に何を残していけるかを考えた。
自分はプレーや言葉で引っ張るタイプじゃない。
僕は決めたことは絶対に継続すること、1つの芯を通す姿を見せていこうと考えた。
例えばウエイト。僕は帰ってやりたい派だ。
でもあえて昼休みとか放課後にトレセンでやるようにした。
僕がやっているフォームだったり、強度だったり、一緒にやらなくても見ながら学んでくれればいいなと思った。
僕が本当に毎日やっている姿を見て、「自分もやらなきゃ!」と思ってくれればそれでいい。
食事だったらいつも朝自分でお弁当を何個か作って持って行った。
コンビニ飯が嫌いっていうのと体に悪いもので増やしてもだるくなる感覚があって不健康だから、それはアスリートではないと思って、
朝練、ウエイト、バイト、ラダーの時はリアルに3つくらい作ってた。
コンビニとか学食行かなくていいから節約になるし、節約することでバイトする時間が削れるからその時間をウエイトに当てられる。
体重を増やす!と決めたら増やす。
1日7合食べて、タンパク質、脂質もしっかり計算して、2時間〜3時間に1回食べた。
正直なところ結構キツかったし、基本お腹いっぱいだったけど、なんとか食べれた。
そんな食生活が実り、入学から1番重い時で体重は17kg増えた。
実際怪我もしなかったし、体調も悪くならなかった。コロナにもならなかったから、良かったと思う。
ラダーは夕方まで学童バイトがあっても必ず帰ってきて行い、どんな時間でも忙しくても隙間時間を使っても絶対にやるという姿を見せた。
これがみんなに影響を与えることができたかわからないけれど、継続する姿勢は見せられたんじゃないかな。
僕のこの姿勢が24nittaiにも繋がって、みんなが継続の姿勢を持ってくれたら僕の4年生としての1年間はこのチームに大きな役割を果たせたのではないかと思う。
僕みたいになんの役職も付かない同じような立場の4年生。
それは何もしなくていいわけではなくて、幹部以外のその人たちこそどう行動するかがチームの強さ、雰囲気に大きく関わってくる。
それが僕の場合はたまたま「継続力」だっただけで、それはなんでもいいと思う。
自分がチームに対して出来ることを考えればそれでまる!
前に立つ機会だったり、発信する機会がないから難しいと思うけど頑張ってね。
今上手くいかなくて悩んでいる後輩たち。
なにか一個でもいいから決めて継続しよう。
(ちなみに僕は人の3倍やらないと追いつけないタイプなので、食事は当たり前だとして、ラダー、ウエイト、反省を言語化することをしました。)
すぐには結果は出ないかもしれない。
けど、何か掴む日が必ず来る。
ラクロスは良くも悪くも急に上手くなるスポーツ。
成果が出ている時に頑張れるのは当たり前。
成果が出ていない時にどれだけ頑張れるかが大切。
いつまでも腹痛で途中下車とか言ってる場合じゃないよ。笑
学生日本一連覇。今度こそ真の日本一へ。
これからも強い日本体育大学ラクロス部を期待しています。
とても長くなっていますが、最後に個人への感謝を伝えさせてください。
やっぱりヒロト、ケイシ。
2年前のBリーグと今回リーグ戦、二度の日本一を取れたこと本当に最強のボトムだと思う。
僕の対人の面倒を見てくれてありがとう。
2人のおかげでここまで来れました!
天才2人について行くの大変だったけど、2人とやるラクロスは学びが多くて楽しかった!!
カンジさん
VPに選んで頂いて、表彰の時涙ぐみながら話して頂いたこと、永遠に忘れません。
僕もカンジさんのような人間性を持ちたいと心から思いました。
2年生のどうしようもない時期からここまでたくさんご指導頂きありがとうございました。
ぜひ飲みに連れて行ってください。
同期のみんな
まず、チームの運営の為に行動してくれた方々本当にありがとうございます。
僕の行動はみんなのおかげです。
ラクロスを続ける人はみんながラクロス界を激震させることを楽しみにしています!!
社会人になってもみんなで飲みに行きたいな。
全日、全学、東大戦とかあの時どう思ってたとか実はこんなことしてたとか数えきれないほどの思い出をまた語り合いたい。
貴一朗とズミ
ラダー絶対に続けてね。
それでどんどん後輩に繋げていってください。
信じられないくらい長くなってしまいましたが、これにて終了です。
この4年間貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。
ラクロス部に入って本当に良かった!!!
最後まで読んで頂きありがとうございました。
私たち男子ラクロス部はこれからの4年生の活躍、そして新たな門出をずっとずっと応援しています。
引き続き、日本体育大学男子ラクロス部の応援の程よろしくお願いいたします。